17日に行われた「橋下の決戦日」
大阪だけではなく、日本中の注目を集めた。
結果、「負け」。
これについて多くの記事がインターネット上にある。
せっかくなので、全く違う目線で記事を書いてみます。
それは、批判記事に対する批判。
橋下氏が負けた原因は、
高齢者を味方に出来なかった。
これに関しては逆である。
沢山の高齢者を味方にすることが出来たが、
若者が投票に行かなかった。
世間では、上記のデータを元にコメントする人が多いが、
よくよくみてみると、年配の方でも橋下氏に投票する人が多いことがわかる。
それに今回はの「負け」
は大差で負けたわけではない。
「ノー」というのは簡単だ。
しかし、
「イエス」
というのは非常に難しい。
これは我々が日々体感していることでもある。
なにかを始める時には、
ものすごいエネルギーがいる。
ショッピング、資格取得、結婚、離婚。。
しかし、「ノー」
にはいらない。
なぜなら何もしなくていいし、考えなくても良いからだ。
それをここまで、「イエス」に持ち込んだ橋下氏の業績は大きい。
とりあえず、賛成派も反対派もゴールは同じだからとりあえず大きな問題はないはず。
それにここまでの関心を引いたからには反対派もこれから一生懸命頑張ってくれるはず。
それで駄目なら、もう一度都構想の案を出せばいいだけの話である。
問題はその時にリーダーがいるかどうか。
どちらにしろ、日本は株式会社でも有限会社でもない。
悪くなれば、そこに住む人が大変になるだけ。
政治というものはそういゆうもの。
だからこそ、最終的には自立することが大事。
もしかしたら、若い世代は政治は年寄りに任せて、
自分達は仕事、勉強や各々の研究に専念していたかもしれない。
そう考えると日本人って真面目だと思うのは私だけ?
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